第三次ロケハン&挨拶回り①

4月21日(月)

土日はオーディション。
実家に立ち寄るヒマもなく残り二日は営業です。

いやー、めちゃくちゃ動いた!

21日は朝から笹丘のマイマイ三戸社長のもとへ。
映画の最大の支援者としてもうお馴染みですね。

マイマイさんは不動産業も営んでいるのですが、今回なんと制作部が常駐するための部屋を無償で提供して下さいました!
西新の一等地にあるマンションです。

神! 神!

その三戸社長のご紹介でお会いしたのは「株式会社ふくや」の取締役統括部長、川原武浩さん。
誰もが知っている、日本初にして業界最大手の辛子明太子メーカーです!
創業者の川原俊夫さんをモデルにしたドラマ『めんたいぴりり』が大ヒットしたのも記憶に新しいところ。

川原さんはご自身で劇団を主宰されていて、芸術分野で支援活動も行っていらっしゃいます。
拙いながらもこちらの熱意をお伝えしたところ、「心意気は買います」と快く出資・協賛に応じて下さいました。

さらにお昼までご馳走になり、ありがとうございました!

その後は能古島で養蜂業を営んでいる会社「ヴァンベール」さんを訪問。
特製ハチミツ「のこはち」や、それを使ったハニーカレーなどを販売しています。
全くコネのないところからの営業はこれが初めてかな。
予めネットで能古島関連の企業を調べ、アポを取っておいたのです。
「能古島で商品を作っているウチが協力しないわけにはいきません」と、またも快く協賛に応じて下さいました!

いやー、自分に営業なんて一生ムリとか思ってたんですが、何とかなるものですね。

福岡、ひいては島に関わる人にとって映画がプラスになりこそすれ、マイナスになることは決してないという確信があるからでしょう。

夜は高校の映画研究部の遠い先輩、中富研介さんと会食。
西新で歯科医院を経営していらっしゃいます。

映画研究部は私が入学する頃には部員はゼロ、廃部同然でした。

ちょうどフィルムからビデオへの過渡期だったせいもあるのでしょう。
それを私一人で入部して立て直したのが1993年。
ついでに「映画制作部」と名称も変えちゃいましたが今なお存続しています。

9つ上の先輩である中富さんがそのことをOB会報誌で知り、私に連絡を取ってきたというわけです。
「我が映研、中興の祖だ」と喜んで下さり、以後何かと支援して頂いています。

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その席でご紹介頂いたのが印刷会社「青陽社」の社長、中本純徳さん。
そして西日本新聞社販売局の斉田康隆さん。

お二人とも私の趣旨に賛同し、協力を約束して下さいました。
なんか今日、絶好調なんですけど!わー!

中本さんはびっくりするくらいの個人出資をその場でご決断、斉田さんは社会部の記者をすぐに紹介して下さいました。
次の我々の来福時に取材をし、本誌で採り上げて下さるそうです。

「地元紙としてはこの話に乗らんわけにはいかんけんね」

斉田さんはさらにこうも仰いました。

「福岡の人間ってのは東京から一方的に押し付けられるのは嫌がるけど、『福岡っていいよね』って言われると素直に嬉しかっちゃんね。んで、すぐ心ば開く(笑)」

私も福岡で生まれ育った身なのでそういった気質は分かるつもりです。
本当にこの街が好きだからここを舞台にしようと思った。それだけでいい。
マーケティングなんか知ったこっちゃない。

だから多少強引にでも、地元の人たちを巻き込んでいくのが大事なんです。
昨日お手伝いしてくれた学生さんたちもそうですが、一度関わった作品ならきっと完成後も観たいと思うし、応援しようと思うはず。

つまり「当事者意識」を持ってもらうということ。これは自分たちの映画なんだ、と。

たかが数週間かそこら現地に滞在したくらいで分かったような顔でご当地(風)映画を作ってもダメなんですよ。
それはただサーカスがやってきて去っていったのと同じ、根付かないから。

こちとら19年間シナハン・ロケハンしてきたんだ。その想いは誰にも負けないつもりです。

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